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Page32 「成長を止めるのは自分」 工藤柊吾

ココロノオト~season2~

こんにちは。CFC4年の工藤柊吾です。

まずは、引退するにあたってこのようなブログを書く機会を頂きありがとうございます。

今回、私のブログでは18年間続けてきたこれまでのサッカー人生の振り返りをここに綴りたいなと思います。拙い文章ではありますが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 

 

私が初めてサッカーに出会ったのは4歳の時である。

家の近くの公園で行っていたサッカースクールのチラシがポストに入っていたのがきっかけで、親と弟と一緒に体験に行き、すぐにスクールに入ることを決めた。

それからは、気づいたらサッカーに夢中になっていて、誰にも負けたくない、上手くなりたいと、毎日弟と公園でボールを蹴っていたのを鮮明に覚えている。

18年間サッカーに夢中になれたのは、当時のスクールのコーチが、子どもたちに伸び伸びとサッカーができる環境を作ってくれて、楽しさを伝えてくれたからであり、本当に、サッカーを始めるにあたって素晴らしいコーチに巡り合えて良かったなと感謝している。

 

 

幼稚園を卒業してから小学校3年生までは通っていた小学校の少年団でサッカーをした。学校の友だちと一緒にサッカーをできることが楽しく、練習の回数もスクールの時に比べて増えたことで、徐々にサッカー中心の生活になっていった。また、この時期ぐらいからトレセンというものに呼ばれるようになり、自分より上手な選手と一緒にサッカーをすることで、より高いレベルでサッカーをしたいと思うようにもなった。そんな中、小学校4年生の時に、別のクラブチームからの誘いがあった。当時の私は、それまで一緒に楽しくサッカーをしてきた仲間と離れることに躊躇いはあったが、より高いレベルでサッカーをやりたいという気持ちの方が強く移籍を決断した。

 

 

そして、移籍した先のクラブチームでの3年間というのは純粋にサッカーを楽しむことができた。初めは新しい環境に馴染めるか心配をしていたが、そんな心配は必要なかったなと思えるぐらい直ぐにチームメイトと仲良くなれた。昔から一緒にサッカーやっていたんじゃないかって思えるぐらい直ぐに仲良くなれたのは、本当にみんなが優しくて良い人の集まりだったからで、みんなには感謝している。

サッカーにおいては、それまではあまり意識していなかった勝負へのこだわりが強くなり、チームで勝利することに対するサッカーの面白さを実感する日々であった。もちろん全ての試合に勝利することはできなく、悔しい思いをすることもあったが、エースとして点を取って、チーム全員が1つになり自分たちより強い相手に勝利できた瞬間は最高であったのを覚えている。そんな充実したサッカー生活を送れた小学6年間はあっという間に終わってしまい、満足感はあったもののまだまだこの仲間たちと上を目指したいなとも感じていた。しかし、プロサッカー選手になりたいという夢を抱き始めていた私は仲間との別れを決め、自身のステップアップの道を選択した。

 

 

そして、セレクションを経て中学3年間は北海道コンサドーレ札幌の下部組織に入団することになったのだが、この3年間が自分自身最も伸び悩んだ時期であった。それまでは当たり前のように出れていた試合が、周りのレベルが一気に高くなったことで出れなくなり、自分が得意としていたドリブル、テクニックも通用しない日々が続いた。メンタルが弱かった私は、消極的なプレーを常に選択するようになっていたし、自身が得意としていたドリブルでチャレンジすることも少なかったと思う。中学3年時にはチームメイトが活躍して、チームは全国大会で好成績を残しているのに、自分はピッチに立てていないという現実がとても悔しく、必ず見返してやろうと強く誓った。

初めての挫折を経験し、悔しさが残る3年間ではあったが、そこで得られたことも多かった。高いレベルの仲間と毎日トレーニングができたこと、サッカーにおける戦術面を学ぶことができたのは間違いないし、何より試合に出られない悔しさを知ることができたことは大きな経験になった。この悔しさがなければ、高校から地元の北海道を離れて夢に向かって挑戦しようという気持ちは芽生えていなかったと思う。

 

 

そんな中学3年間が終わり、高校生になるタイミングで周りの大人の縁もあって、私は静岡学園高校サッカー部に入部することになった。そして、練習初日で衝撃を受けたのを鮮明に覚えている。今まで、北海道の中においては高いレベルでサッカーをしていたし、ある程度は通用するだろうと思いながらグラウンドに行った。しかし、そこには自分より上手な選手が山ほどいて、ありえないぐらい個性を持っている選手がいて、自分が得意としていたドリブルやテクニックを遥かに凌駕する選手もいて、正直やばいなと感じさせられた。ただ、中学の時に試合に出れず悔しい思いをした経験があったからこそ、必ずここから這い上がってやろうという気持ちになれたし、親元を離れて本気でサッカーに命を懸けに来ているやつらがたくさんいる環境はどこかワクワクしていた。

そんな状況から始まった高校生活。振り返ってみると、毎日朝練習をして、学校が終わったらすぐに山の上にある練習場まで自転車を漕ぎ、練習が終われば門限ギリギリまで自主練習をして、また朝起きたら練習で、ほんとにサッカーしすぎなんじゃないかってぐらいサッカーばっかりしていたなと感じる。でも、当時はチームメイトが当たり前のように毎日時間ギリギリまで自主練習をして、常にチーム内での激しい競争があって、そんなことを感じる瞬間というのは一度もなかったし、むしろ周りに負けないためにもっとやらないといけないという思いの方が強く、真剣に毎日サッカーに向き合うことができていた。しかし、サッカーに真剣に向き合い、努力を積み重ねてもなかなか結果はついてこなかった。高校3年時にはAチームでプレーしたいと思い描いていたものの、なかなか昇格することはできなかったし、高校サッカー選手権では仲間が優勝しているのをスタンドで見ていることしかできなかった。選手権で仲間が優勝した時はもちろん嬉しかったが、どこか悔しい気持ちもあった。でも、高校3年間は悔いがないくらいサッカーに本気になれていたこともあってか、中学の時に感じた悔しさはあまりなく、どちらかと言うとやりきったなと感じていた。今思うと、この感情を抱いてしまった時点でサッカーにおける成長はストップしてしまったのだと気づかされる。

最終的にはAチームに上がれずに高校サッカーを終えてしまい、中学同様に悔しさが残る結果ではあった。ただ、高い向上心を持った個性あふれる仲間と共に切磋琢磨し、競争をし続けて、3年間サッカーに打ち込めた経験、そして素晴らしい指導者にサッカーだけでなく人として大事な部分を教わることができたことは本当に自分にとって財産であり、静岡学園高校を選んで良かったなと心の底から思っている。

 

 

そして、新型コロナウイルスが流行したこともあって少し始動が遅れたものの、大学サッカーがスタートした。高校サッカーを終えた時点で正直なところ自分がプロサッカー選手になるビジョンは見えていなかったと思う。ただ、中学、高校と悔しい経験をして今度こそはという気持ちはあったし、サッカーをすることが当たり前であった私は大学でも当たり前のようにサッカーを続けていた。

大学サッカーが始まって、周りにはもちろん自分よりうまい選手がたくさんいた。しかし、中学、高校の時には感じていたもっとやらないといけないという焦りや試合に出れないことに対する悔しさをあまり感じることはなかった。やはり、高校サッカーを終えた時に感じていた、やりきったという感覚、そして、中学、高校と努力しても全く追いつけなかった仲間の存在は、勝手に自分の中で限界値を狭め、成長を止めてしまっていたのだと思う。実際、練習をなんとなくでこなしている日は多かったし、筋トレもサボってばかりであった。大学サッカーは、高校の時と違って本気でプロを目指す人もいれば、そうでない人も少なくはない。そして、私生活の部分でも色々な誘惑がある。そんな環境において、ほとんどの人は強い意志を持てずに周りに流されてしまうが、私もその内の一人だった。

大学4年間は長いようで短く、あっという間に終わってしまったなという印象が強い。高校3年間と比べたら、どこか物足りなさを感じる。それは、サッカーに対して明確に目標を持って本気で取り組めていたかの違いにあると思う。結果的には、素晴らしい仲間に出会えることができたし、いろんな経験をすることができた4年間であり、決して後悔があるわけではない。ただ、4年間本気でサッカーに向き合えていたらもしかしたら違う結果が待っていたのかなと考えることがあるし、自身の弱さはこういったところなんだなとも感じた。だから、今ブログを読んでくれている後輩たちには、サッカーにおいても、就活においても、自分の中で限界値を決めつけず、自分の可能性を信じ、そして周りに流されない強い意志を持ってこれからチャレンジしていって欲しいなと思う。私も、大学サッカーで気づけた自身の弱さ、足りていない部分を見つめ直し、今年から社会人として頑張っていきたい。

 

 

最後に両親へ。

18年間、何不自由なく好きなようにサッカーに打ち込める環境を与えてくれてありがとうございました。家を出るまでの間、いつも練習の送り迎えをしてもらっていたこと、練習後の弁当を毎日のように作ってくれたこと、全て感謝しています。お父さんとお母さんに褒められたいからサッカーをしてた訳ではないけど、中学までは試合で活躍して褒められるのがかなり嬉しかったのを覚えています。

サッカーで目に見える結果を残すことは出来なかったけれど、18年間のサッカー人生は、毎日が刺激的だったし、いろんな友達もできたし、たくましくもなれたと思うし、ほんとに全ての経験が自分にとってプラスで、貴重な財産となりました。まだまだ、自分には足りていない部分が多いけれど、そこはこれから社会人になるうえで成長していきたいと思います。これからも何かあったら一番に頼りにします。よろしくお願いします。