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Page12 「サッカー辞めなくて、良かった」 安藤怜生

ココロノオト~seazon4~


こんにちは!CFCの安藤怜生です!

気が付けば自分が引退ブログを書く立場になっていました。というようなありきたりな出だしだけは避けようと考えましたが、いざパソコンを開くと最初の一行がなかなか出てきません。今まで毎週のようにたくさんの自己評価をしてきたので最後に大学サッカーを振り返っていこうと思います。

少しだけお時間をいただけると幸いです。

 

「なぜサッカーをここまで続けられたのか」

大学まで辞められなかったのはシンプルにサッカーが好きでサッカーに魅了され続けたからだと思います。一瞬の判断ミスから失点に繋がることがあれば、奇跡的な連携プレーからスーパーゴールが生まれることがあって予測のできない展開がサッカーにしかなくて他の何物にも変えられない魅力でした。そして何より仲間の存在が大きかったです。

 

大学1年目はIリーグ出場時間0分。毎週日曜日は担架や観客の検温係をやっていました。シーズン開幕1か月もない時期にU20からU22Aに落ち悔しさはあったもののそこまで後ろ向きに考えることもなく試合にも絡んでいけるだろうと思っていました。U22Aにいた人なら覚えていると思いますが、ある日の試合のメンバー発表で自分の名前が呼ばれてウォーミングアップをしていたら「あれ、19人いるぞ」ってなってまさかのれお違いで勘違いして勝手に自分がアップに参加しているという我ながら可哀そうな出来事もありました。その日も結局運営にまわり初出場とはなりませんでした。1年間ベンチ入りすることさえなく、当然試合経験を重ねている選手とはどんどん差が生まれていきほとんど成長のない情けない1年だったなと思います。

 

2年目はU22Aから自分だけU22Bに落ちこの時初めてサッカーを辞めようか悩みました。親に相談すると「好きにしていいけど、一週間だけそこでサッカーして決めたら?」

と言われとりあえずやってみることにしました。運の良いことにこの年からトミさんが見てくださることになり、噂でサークルだと言われていた雰囲気はなく全員サッカーが好きでグランドに来ているんだ。と感じれたし練習に対するひたむきさが自分には合っていて気が付けば辞める気すらなくなっていました。U22Bは毎週オフ明けの火曜日、グランドが使えずフィットからの池走りでネガティブな雰囲気になりがちですがポジティブな雰囲気を作れるU22Bの仲間のパッションにもかなり助けられました。シーズンを通して試合に出続けることもできて後期勝ち点10取れば残留できる。とチームで立てた目標を首位の常葉大学含む後期開幕3戦で達成してしまい負ける気がしないまとまりのあるチームへと成長していきました。個人的にも4G3A?ぐらいできてU22Bでサッカーができて良かったなと心の底から思えたシーズンでした。

 

3年目は一気に上がりCFCでプレーすることになりました。カテゴリー発表はU22Bだったのですが、3月の後半あたりでケントくんから声をかけていただいて挑戦しようと決めました。このカテゴリーでは思い描いていた大学サッカーの常識を覆されました。走りに走って走りまくりました。大雨の日オフにならないかなーとか思いながら連絡を待っているとラグビー場で練習します。ランシュー持参でお願いします。など悪天候でもほとんどオフになりません。ずる休みしたいと何回思ったことか、しかし自分に負けるのが嫌でなんとかタフに大きな怪我もなく忍耐力はかなり鍛えられたと思います。リーグ戦自体は目標としていた昇格を達成することができず悔しい1年になりましたが、中京大中京出身のメンバーともう一度チームメイトになれたことは家族を喜ばすことができたし何よりサッカーが楽しかったです。シーズン通して試合にも絡んでいくうちに日々成長していることが実感出来たし去年腐らずにひたむきに取り組んできて良かったなとサッカー辞めなくて良かったと思うことができました。

 

4年目もCFC。なんとなーくCFCだろうなと思っていました。しかし、メンバーを見ると4年生3人(気づけば2人でしたが)、就活もあり練習にもいけない日が続くなか本気でサッカーできる最後の1年無駄にせず頑張ろうと決めました。シーズン当初はグランドへいけば当然のように4つ角にコーンがあり、集合の最後は「はい、ライン」と一言。朝6時からどれだけ走ったかわかりません。何度も心が折れそうになったけど後輩が一生懸命盛り上げてくれて助かりました。3年生でCFCを経験しといて良かったのかもしれません。正直、朝練で疲れ果てて昼寝をしてしまうような毎日でしたが、鉄人奥西は当たり前のように9時からバイトへ行きバイトがなければエニタイムへ直行こいつがいたからやらなきゃと日々奮い立たされてました。試合で負けたら一人だけ悔し涙流すぐらいアツいし、日常生活さえ困難な状態でもグランド行ったら8往復の切り返し動作の確認してるし、U20やCUとの試合では何本あろうが全部出るし、自分が最後まで大学サッカーをやり切れたのもこういう姿があったからだと思います。残念ながら怪我の多いシーズンでリーグも昇格どころか降格させてしまい何も貢献できませんでした。後輩たちにかっこいい姿を見せることはできませんでしたが、4年生が少なかったおかげでたくさんの後輩と仲良くなれたしいっぱいお金使わしてもらいました。非常に濃い4年間を過ごすことができました。

 

サッカーを通して関わってくれたすべての人々に心から感謝しています。

本当にありがとうございました。

 

最後に両親へ

これまで不自由なく好きなことを好きなだけさせてくれてありがとう。

中学生の時は長島まで送迎をしてくれたり、高校の時は朝早く起きて弁当を作ってくれて夜遅くまで帰りを待っていてくれてありがとう。見れる試合はほとんどの試合を見にきてくれてありがとう。好きなスパイクをたくさん買ってくれてありがとう。自分のやりたいこと行きたいところを尊重してくれたおかげでここまで広い世界を知れたし、サッカーを通して人として成長できて、いっぱい友達もできました。とても感謝しているしこの繋がりを一生大切にしていきます。

これからゆっくりと恩返ししていこうと思います。

これからもよろしく!!

 

以上!最後まで読んでいただきありがとうございました。