Page17 「どんな道でも正解に」 横井文太

毎日履いていたスパイク、毎日通ったグラウンド、毎日会う仲間、スタッフ。
当たり前だった毎日がふと気づけば、もう2度と戻らない時間になっていた。
引退し、その2度と戻らない時間がどれ程素晴らしく、自分の人生に花を添えていた時間だったのか。今だからこそ、深く実感しています。
CU4年の横井文太です!
安藤怜生と同様にありきたりな出だしは避けようと思いましたがなかなか難しいですね。
もう2度と戻らない時間は僕の心に強く刻まれた時間。
辛くも楽しい僕の4年間の大学サッカーを振り返ったので是非最後まで読んでいただけると嬉しいです!
大学サッカー1年目、僕はU22Bスタート。6つカテゴリーがある中で1番下のカテゴリーだ。正直モチベーションは全く無く、その時点で辞めようかなって思っていました。けどBのスタッフがTOPの監督の冨さんだという事を知り、ここで試合に出続けてアピールすれば上のカテゴリーに上がれると思い、やる気を取り戻すことができました。最初は「どうせBなんて」と思っていたけれど、なんでこの人Bにいるのかと疑問に思うくらい上手い人もいて、あと何よりみんな優しくてとても居心地の良いチームでした。そのシーズンで試合に多く出場することができて、シーズン終わりの10月からカテゴリーが3つ上のCFCに混ざって練習することになった。
合流初日、朝6時半にグラウンドへ着くと4つ角にコーンが立っていた。朝からグラウンドを走る日々。「ランシュースタート」「ライン並んで」「4つ角分かれて」体力のない自分にとっては正直苦痛の日々でした。ボールを使った練習でも全然ついていけず、先輩やケント君の目を気にして練習する毎日。自分はここでやっていけるのかという不安がすごく大きかった。
1月、正式にCFCに昇格した。正直走りもきついしCFCのレベルについていける自信がなく、「このカテゴリーでやりたくない」そう思ってしまいました。少しだけ仲が良い松島大貴には沢山相談していました。大貴はいつもとは違い珍しく優しく寄り添ってくれて当時はとても支えになっていたけどいつもとは違いすぎて、優しすぎて怖いくらいだったな。考えた上で僕が選んだのは自主降格だった。「どう思われてもいい、正直に伝えよう」と思い、練習初日でケント君に伝えました。昇格して初日から下でやりたいですなんて言う奴は今までいなかったと思う。けどケント君は僕の考えを尊重して、「頑張れ」という言葉を掛けてくれて、冨さんはこんな僕でも「Bで自分が面倒見てやる」と言ってくれてすごく嬉しかった。そうして2年目もBでプレーすることになりました。
2年目のBは1年目よりも冨さんがBの練習を見る機会も増えて練習強度、質がすごく上がった。どれだけキツイ練習でも楽しくて、Bという立場でありながら格上のチーム相手に対等に戦えていたことが嬉しかった。先輩後輩関係なくみんなが仲良くて、スタッフ、先輩、同期、後輩に恵まれた1年だったなと思います。
3年目。再びCFCに昇格した。2年目で昇格を断ったからもう上に上がることは無いと思っていましたが、ケント君はCFCから逃げた僕でもちゃんと見ていてくれて、もう一度CFCでプレーするチャンスを与えてくれました。本当に感謝しかないです。
走りは相変わらずきつかったけどもう逃げたくなかったし何より一緒に乗り越えられる仲間がいた。宇慧はちゃんとラインを踏まずに走っていたけど。
チームとしての成績はなかなか上手くいかず愛知選手権初戦負け、リーグ開幕戦負け。僕個人も怪我だったり、朝練に何回も寝坊してサポート期間も多かったりと本当に色んな人に迷惑をかけてしまっていました。朝4時に起きて誰よりも早くグラウンドへ行き、練習後は1番遅くに帰る。かなり精神的にも身体的にも辛いサポート期間。でもその期間でもチームメイトは見捨てずに寄り添ってくれたし、一緒にサポートしていた小田村の存在も本当に心の支えだった。年間通してほとんどの試合にスタメンで出場できて、チームも徐々に調子が良くなっていき順位も上位まで上がっていけたが、目標にしていたリーグ昇格は果たせず悔しいシーズン結果になってしまいました。
大学サッカーラスト1年は本当に苦しくて悔しくて辛いシーズンでした。
1つカテゴリーが上がってCUに昇格した。けどCUの同じポジションには絶対的な安部と楓太がいて、僕はサブだった。サブというか4人同じポジションがいて僕は4番目。公式戦は出られない、練習試合でも3本目、後輩よりも序列は下。本当に辛かった。それでも諦めずに最後まで頑張れたのは宇慧の存在が本当に大きかったと思う。宇慧とは高校から同じチームとして一緒にプレーしてきたけど、ずっとスタメンで出続けてきて、同期だけど尊敬している。CFCからCUに昇格したのも同学年では僕と宇慧だけだった。俺がしんどい時には沢山話聞いてくれて、励ましてくれた。くだらない会話も沢山したしサッカー以外で辛いことがあった時も親身に聞いてくれた。自信を無くして何度かサッカーやめようかなって思っても宇慧がいたから諦めずに練習も頑張れたし精神的に本当に救われた。監督の森さんは試合に絡んでいない僕に対しても練習で本気で向き合ってくれた。ちゃんと見てもらえている、そう思えて嬉しかったけど練習で調子良かった時でもその週の試合に出してもらえない、練習試合でも出場時間少なくて、森さんに試合で使う決断をさせられていない自分が悪いが、森さんに対してイラついてしまう事もあった。それでも練習では本気で僕に向き合ってくれる森さんはとても信頼していました。
怪我した時は毎回にやけながら「引退かぁ」って呟かれていたなぁ、
でも怪我してリハビリにいても声をかけてもらえるのは嬉しかった。
9月27日東海社会人1部リーグ最終節。相手はFC刈谷。僕のCUでの初スタメンの日だ。この試合は一生忘れることがないと思う。楓太が怪我で出られず、後輩の成真もその日は不在。最終節にしてやっとチャンスが回ってきた。1年振りのスタメン出場。正直かなり緊張していた。今の自分がどれだけやれるのか不安でしかなかった。けどずっと試合を観に行きたいと言っていたけど出られないのが分かっていたから来なくていいと伝えていた家族にもやっとプレーを見せられる、そう思うと自然とモチベーションが上がってきて試合に向けてすごく集中できた。沢山の仲間が観に来てくれてそんな中でプレーできるのが嬉しかった。スタンドから聞こえる自分の名前、ピッチ内で感じる本気のぶつかり合い。全てが嬉しくて皆のお陰で最高の気持ちでプレーできた。
結果は2vs1で勝利。試合終了の笛が鳴った瞬間、これまでのサッカー人生の多くの試合の中でも1番嬉しかった瞬間かもしれない。この1年の悔しさを全てぶつけた、自分が出た試合で勝った、家族にプレーしている姿をやっと見せることが出来た。全ての喜びがその瞬間に一気に込み上げた。何より「俺90分走れるのか!」という驚きが大きかった笑。その試合は引退した今でも何度も見返してしまうくらい好きだ。しかしその後に行われた全社では出場することは無く、僕の大学サッカー生活は終わりを告げました。下から上がってきた自分でもすぐに馴染ませてくれた同期、ずっと怪我のサポートしてくれた宏夢と謙生、プレーについては何も言えないし何一つ先輩らしいことはできないけど沢山話しかけてきてくれた後輩、個性あるCUを大変なはずなのに笑顔で支えてくれた愛実と莉歩、怪我した時に必ず「引退かぁ」とにやけながら言ってくる森さん、皆と過ごしたCUでのシーズンは辛いことも多かったけど、本当に楽しくてレベルも高くて最後の年にして少しだけサッカーが上手くなった気がします。本当にありがとう!
僕はこの4年間で「道の選択」をしてきた。サッカーを辞めるか続けるか、CFCに残るか自主降格するか。ただどんな道を選んだとしても、その瞬間に未来が決まるわけじゃないです。正解かどうかは、後から自分で作っていくものだと僕は思います。迷った末に選んだ道でも、勢いで決めた道でも、歩きながらでも努力し続ければ、それはいつか「正解だった」と言える道になると思います。大事なのは、選んだ理由より、選んだ後の向き合い方。僕は自分の選んだ道を一つも後悔していないし、むしろ全部が大正解だったと思っている。だからこそ最後にはこれ以上ない「喜び」を感じることができた。
そして何より16年前にサッカーを始めるという最初の選択こそが、僕の人生において最大の正解だったと今、心から思う。
監督、コーチの方々へ
4年間お世話になりました。自分は4年間で多くのスタッフの方と関わりを持ち、色んなアドバイスを受けることができました。恵まれた環境で4年間サッカーできて、サッカーのみならず人としても大きく成長できた大学生活になりました!ありがとうございました!
マネージャー、トレーナーへ
練習開始1時間前に来ていること本当に尊敬しています。
(宏夢は何回か遅刻していたけどね)
選手、チームを支えるって本当に大変だと思うし辛いことも多いと思う、でもいつも笑顔で頑張っている姿は最高にかっこいいです!僕が関わってきたBでの奈弓、CFCでの綾と宇仁、CUでの宏夢、謙生、愛実、莉歩。本当に支えになっていたよ、ありがとう!そして先輩の巧望くん、舞雪、誉乃香、杏衣子も自分が怪我した時にずっと支えてくれて本当に感謝しています。
家族へ
まず兄と妹へ
2人には本当に感謝している。特に妹は俺の送迎に付き合わされることが多かった。まだ幼稚園の時に色んな所についてこさせられてストレスもあったと思う。兄とは年を重ねるにつれて話すことが少なくなっていたけど練習や試合の後は必ずお疲れ様と声をかけてくれた。普段は言えなかったけど、真剣にサッカーを始めてから俺の都合で家族を振り回してしまうことが多かったけど文句も言わず応援してくれてありがとう。
最後に両親へ
16年間支えてくれて本当にありがとう。練習や試合の送迎をしてくれたこと、俺の進路に真剣に向き合ってくれたこと、試合を観に来てくれたこと、本当に感謝しています。サッカーに詳しくなかった2人は、俺のプレーが悪くても試合の後は、「頑張ったね」と必ず言ってくれた。プレーが悪いから怒られる、というのが16年間で1度も無かった。だからこそ俺はサッカーをずっと好きでいられた。幼い頃は「サッカー楽しいか?」とよく聞いてくれていた、毎回楽しいよって答えていたけど、ずっと楽しくやれていたのはどんな時も褒めてくれて決して俺のプレーや決断を否定しない2人がいたから。ずっと苦労ばかり掛けてきたけどサッカーを続けさせてくれて本当にありがとう。
これから先の人生で少しずつ恩返ししていきたいなと思っています!
長々と書いてしまいましたがまだまだ書き足りないくらい僕のサッカー人生は多くの人に支えられて最高の時間でした!
拙い文章でしたがここまで読んでくれた方本当にありがとうございました!
横井文太
