1. ホーム
  2. ブログ
  3. ブログ詳細

ブログ

Page20 「はい、ライン」 戸谷宇慧

ココロノオト~seazon4~


こんにちは!中京大学サッカー部CU4年生の戸谷宇慧です!

10月11日のVONDS市原FC戦をもって約16年間のサッカー人生が終わりを告げました。気が付けば自分が引退ブログを書く立場になっていて大学サッカーがあっという間だったことを実感しています。この引退ブログを通して大学サッカーを振り返っていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです!


題名にある「はい、ライン」は元CFCの人ならわかると思いますが、とても聞き飽きたなと言っても過言ではないぐらいお世話になったコーチの印象に残る一言です。後に出てくると思いますので楽しみにしていてください。


 大学1年目は、すごく苦労した1年でした。サッカー部に入部してU20というカテゴリーになり、私の大学サッカーは始まりました。U20に残れるように必死にアピールして頑張っていたのを覚えています。このカテゴリーには、全国レベルの高い人たちが数多くいて練習ではレベルの高さを痛感し、ついていくのも大変でした。Iリーグでは、スタメンがほとんどなく、出場しても途中の残り15分出るか出ないかでした。サッカーの楽しさがわからなくなってしまい、正直辞めたいなと思った時期もありました。今までサッカーに対して挫折はほとんどしたことなかったが、この時期に初めて挫折経験を味わうことになりました。この1年間は、レベルの高い仲間とやれたことで色んなものを吸収することができたのは良かったですが、試合に出られない厳しさを知った1年間でした。


 2年目は、CFCのカテゴリーになりました。この2年目はシーズン始まるまで、ほとんど毎日走りメニューがありました。特に、和歌山合宿では地獄の6日間でした。1部練では走って、2部練でも走って、その後の対人練習では負けたら罰走でどうしても走りたくない気持ちがある中、後ろから削ったり、喧嘩になったりと険悪な空気でやっていたのを覚えています。これを超えるきつさは後にも先にもありません。大学4年間の中でもこの合宿が一番忘れられない思い出になりました。リーグ戦が始まる前に左膝の怪我をしてしまい、リハビリに励む期間でした。開幕2試合は出場することができませんでしたが、3試合目から試合に出させてもらい、スタメンに定着することができました。チームの目標であった東海一部社会人リーグに昇格することでしたが目標を達成できずに終わってしまいました。1年目と違って試合に絡んでいたからこそこの結果は悔しかったし、もっと勝ちたかった。この年はきついことの方が多かったけど、またサッカーに対して本気で考えるようになったし、シーズン通して日々成長していることが実感できました。


 3年目もCFCでした。毎朝7時半練習の日は5時起き、6時練習の日は4時起きとタフな生活をしていました。監督のケント君2年目も雨の日、雪の日もランシューで走りに走って走りまくりました。まず、集合の後は「はい、ライン」と一言。この一言は題名にも書いてしまうぐらいほぼ毎日聞いていました。アップは練習前に各自で行い、チームとしてのアップは走りからでした。その一言から始まる練習は何度も心が折れそうになったし、戦術はパスサッカーなのにこんなに走る意味があるのかと思う時もあったけど後輩が一生懸命盛り上げてくれたおかげで同期のみんなも負けずに頑張れていたと思います。疲労が抜けなく限界を超える日もあったが、一人の存在が大きかったです。家が近いのもあって毎日一緒に行っていたチームメイトの人です。車で「今日も走りだね、頑張ろうな」と朝早いのでお互い眠そうに会話していましたが、サッカーの話やプライベートの話で盛り上がったこの移動時間があったからこそどんなに辛い時も一緒に乗り越えることができました。ありがとう。

リーグ戦では、3位で東海一部社会人リーグにまたしても昇格することができませんでした。このチームは、愛知県2部のチームに負ける弱いチームだったがここまで強くなれたし、チームの雰囲気がすごく良くて、週末後輩を連れてみんなで飲みに行くぐらい仲がいい最高なチームでした。


 大学ラストシーズンを迎えた4年目は、CUのカテゴリーに上がることができました。自分の目標でもあったCUに上がることができて嬉しかったです。レベルも高いのでチャレンジャー精神を持って日々取り組んでいました。同じポジションには4人もいてポジション争いが激しい中、試合に出られるのか不安な気持ちでしたが、愛知選手権からスタメンで出させてもらい、準優勝という結果でいいスタートを切ることができました。全社予選では1ゴール決めることができて、大学4年目して初めての全国大会出場を決めることができました。リーグ戦では、簡単には勝つことができない東海一部の厳しさを経験することできました。チームは残留争いをしていて、絶対勝たないと降格の可能性がある試合で6対1で勝つことができました。6点中5点を4年生が決め、人生初の2ゴールも決めることができました。両親の前でゴールを決めたことが一番嬉しかったです。

全社では初戦敗退で引退することになりました。最後いい形で終わることができませんでしたが、この4年間で素晴らしい仲間に出会えたし、色々な経験もできました。最後のホイッスルが鳴った時、負けたがやり切ったというほっとした感情になりました。後悔は多少ありますが、それよりサッカーがほんとに楽しかったです。


最後に両親へ

16年間、何不自由なくサッカーをさせてくれてありがとう。忙しいのに送迎をしてくれてありがとう。高校の時は朝早く起きて弁当を作ってくれてありがとう。毎日洗濯してくれてありがとう。ほとんどの試合を見に来てくれてありがとう。当たり前のように支えてくれたことが、どれだけ大きな力になっていたか、引退をした今、改めて感じています。心配ばかりかけてきたと思うけど、これまでやり切れたのは二人のおかげです。充実したサッカー人生を送ることができました。二人とも支えてくれて本当にありがとう。



サッカーを通して関わってくれたすべての人々に心から感謝しています。

本当にありがとうございました。