Page21 「大好きなみんなへ」 河﨑晃平

これまでの人生自分はラッキーな人生を歩んでいると思います。どんな環境でも大好きな友達、先輩、後輩、コーチ、先生に出会ってきました。
そんな素敵な人に囲まれて幸せに生きてきたからこそ、自分自身もそんな素敵な人間になりたいと思いました。
大好きなみんなに今日は感謝の気持ちを伝えます。
ばあちゃんの家の近くから始まったサッカー人生でした。正直ここまで続けるとは思ってませんでした。
小学校
地元の小さな少年団、地御前JFCで始まった本格的なサッカー。監督、コーチは誰かのお父さん。本当に同じ小学校の友達が集まってできているサッカーチームで、とても暖かいチームでした。たくさんの保護者のサポートもあり、何不自由なくサッカーに打ち込むことができていました。憧れるお兄ちゃん達がたくさん居て、負けたくないその一心で小さい体ながらボールを追いかけました。廿日市の中でもサッカー友達が沢山できて心からサッカーを楽しむことができました。
中学
中学では、今年教育実習でもお世話になった恩師に出会いました。サッカーをしている自分達よりサッカーが好きな先生。もちろんサッカーに対しても真剣に熱く指導していただきました。それ以上にひとりの人間として真剣に向き合ってもらえた。中学生のほんとにガキな自分に対して出来ていないこと。ダメなこと。やらないといけないこと。本気でぶつかってもらえました。
多少?多々?理不尽なこともありましたが(笑)
(教育実習で話すネタが増えて良かったです笑)
真剣にぶつかってもらえていたのだと思います。
大学で教職免許を取ろうと思うようになったきっかけとなる先生に中学時代は多く出会い、ひとつの夢となりました。充実したサッカー生活。中学生活を送ることができたと思います。
高校
本当にこの男子校3年間は濃かった。
男しかいない教室。男しかいない生活。強がりとかじゃなくて、本当に楽しかった。
しかし、サッカーを楽しいと思うことはありませんでした。
練習も、試合も正直全部苦しかったです。
グランドでボールを蹴るより走った記憶の方があります。
その時間があったからこそ、強くなれたのも事実です。
その中で、ほんとに大好きで、大切な友達に出会うことができました。本気でサッカーしてたからこそぶつかることもあったし、対立することもありました。
その中で3年の夏は決勝まで行けたこと。自分のサッカー人生の中でもほんとに充実した大会でした。
卒業しても広島で集まってみんなで飲んで高校の話をする時間。みんながどんな事してるのか聞く時間。そんな時間が自分は大好きです。
高校の時言っていた夢を実現させてる人。世界で戦ってる人。そんなみんなに自分も負けないよう頑張ります。
年末は毎年みんなで集まって沢山思い出つくろーね!
大学
高校サッカー引退のタイミングで膝の手術をしたことで、一度はサッカーはやめようと思いました。しかしサッカーから完全に離れることはできず、マネージャーとし中京大学サッカー部に入部しました。入部当初、先輩は敏腕マネージャーだらけ。同期マネージャーにサポートしてもらうことも多く、自分のできないことの多さ、大雑把さを実感した。何かマネージャーとしてできるようになったかと言われると、ほぼ何もできなかった。しかし、その1年間サッカーを間近で見て、やっぱりサッカーをやってるみんなはかっこいいし楽しそうでした。大学でももう一度ボールを蹴りたいと思いました。
スタッフの皆さん、選手のみんなが受け入れてくれ、選手としての生活を再開しました。
意見を尊重し受け入れてくれた中京大サッカー部の皆さんに本当に感謝しています。
1年のブランクは大きく準備はしたつもりでしたが、最初はボールを蹴るだけ本当にきつかった。
トミさんのシーズン前走りのお陰で体力も少し戻り元の体に戻すことができ、復帰した年から4年まで沢山の試合に出させてもらうことができました。
センターバックをしていた自分の横にはいつも本当に心強い相棒がいました。
文ちゃん、こば、げんじろー、あんちゃん、つばさ。 下手な俺のカバーしてくれて俺怒られずに助かった場面沢山ありました。本当にありがと。
中京の同期へ
マネージャーから始まった自分の大学サッカー。そんな自分でもみんなは何の壁もなく受け入れてくれた。本当に居心地が良かった。みんなに会うために練習に行ってました。不安の中で始まった大学生活。みんなが居なかったら本当に死んでいたと思います。
練習できつい時。試合で負けた時。どんな時もネガティブな人は1人も居なくて、全部を楽しんでる。常にポジティブなみんなの雰囲気。そんなみんなに助けられていました。一人暮らしで朝から夜まで一緒にいることも多くて、本当に家族みたいな存在です。
家での飲みの後は、排水溝まで綺麗にして帰ってくれるようなそんないい奴らなんです。夜まで爆笑したり、頑張って起きて朝練行ったり、吐きそうになるまで走らされたり。そんな日常がなくなって、みんなとあと少しで急に会えなくなると思うと少し怖いです。
あと数年この生活が続けば良いなって思います。
どんなことでもいい意味で笑って終われること。
ポジティブに考えれるところ。
一緒に喜んで一緒に悲しんでくれること。
ほんとに全部大好きです。
社会人もポジティブにいきましょう!
とりあえず、社会人になってのサッカー部飲み会のために、面白いネタ集め頑張ってみます(笑)
え、絶対近く来たら誘ってね、約束よ。
自分の人生の中でどの別れもとても寂しい。
そう思える友達ができ、出会いがありました。
自分の自慢はどこに行っても友達が沢山いるということです!
最後に大好きな家族へ
普段こんな事言わないんで恥ずかしいですが、暇だったら読んでください。
けーちゃん
末っ子感満載のけーちゃん。レンジ壊したり、メロンに穴あけるあのけーちゃんがまさか大学に行くなんて思ってませんでした。俺の中でのけーちゃんは小さい時のまま。これからは今まで以上に楽しいこと本当に沢山あります。後悔ないようにいろんな事経験してけーちゃんらしい自由な人生送ってね(笑)
泰生
小さい頃から全てを真似してきた。サッカーに出会えたのも泰生のお陰です。やっとる事に対して魅力的に見えて全部追いかけてきました。
今市公園から始めたサッカーも16年続きました。
自分がトイレに閉じ込められた時爆笑しとるし、
チャリで電柱に突進して苦しんどるのにそれも爆笑。
こんな兄ですが、本当に全部がかっこいい。
何でもできる。社会人になった今はこれまで以上に俺の中ではかっこいい憧れの存在です。
これからも背中追いかけて頑張ります。
無理せず頑張ってね!
母さんへ
幼稚園の時は本当にお母さんっ子で、その分本当に迷惑かけたと思います。帰省した時、俺のマシンガントークを沢山聞いてくれる聞き上手なとこ。それに負けんぐらいのマシンガントークをしてくるところ。とても好きです。小学生からサッカー含め、沢山迷惑かけてほんとに全てに感謝してます。帰ったらあったかいご飯準備してくれて、好きなもの食べさせてくれてとても幸せものです。一人暮らし始まってからもこっちの生活気にしてくれ、連絡くれとても嬉しかったです。
まだ感謝の言葉はありますが、それは今後伝えていきますね笑
まだワガママけーちゃんが家にいますが、これからも自分の好きなこと存分に楽しんでください。
あと、夜急にbad boysみたいにジャンプするのと、ソファで寝るのやめた方がいいよ。
父さん
小さい頃は単身赴任で家にいないことが多く、でも休日はしっかりお父さんしてくれて、大きくなるにつれて父さんの仕事もわかってきてとてもすごい人なんだと実感することが多かった。就職活動の中で、どのような仕事をしようか考える中でやっぱりかっこいい父さんみたいになりたかった。それで同じ道を進んでみることにした。今自分が大きくなって考えると、子供が小さい時家に居ることができないってかなり辛かったと思う。
そんな中でも家に帰ってきてくれると存分に可愛がってくれた。疲れててもサッカー見にきてくれたり、どっか遊びに行ったりしてくれた。そんなかっこいい父さんに自分もなりたいって思った。こんなあったかい家庭を作りたいと思ってます。ほんとに多忙な職業だと思うけど、あと数年いや、数十年、体には気をつけてがんばってね!母さんと仲良く過ごしてくださいね!
老後は良い老人ホームに入れてあげるけーね笑
これからは良い報告いっぱいできるように活躍するので見といてください。
これまで、何不自由なく十分すぎるぐらい楽しませてもらったこと。
帰省した時には美味しいご飯で迎えてくれたこと。
広島からいつも一人暮らしの自分を気にかけてくれたこと。
本当に全て感謝しています。
小さい頃から数え切れんぐらいの多くの経験をさせてくれ、そのおかげでこれまで本当にたくさんの大好きな人たちに囲まれ、出会うことができ、自分の今があると思います。
本当にありがとう。
2人の子供でよかった。
河﨑家でよかったです。
産んでくれてありがとう。
こらこらも家族5人で仲良く過ごしましょう!
長い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました!
