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Page28 「遊び心」 屋嘉比奏汰

ココロノオト~seazon4~


初めまして、4年のヤカビカナタです。

もう引退ブログの時期です。ほんと時間は待ってくれないものです。

このブログを通して、大学生活で絞り出した僕のサッカー観を書き出して、誰か一人にでもいい感じにささってくれればいいなと、4年間を振り返ってみます。

 

まじで長くて拙くて、まとまりの無い文になると思いますが、興味あれば是非最後まで読んでみてください

 

僕はおそらく誰よりもサッカーの事が、そしてボールに触れることが、大好きです。那須健一にも負けないです。

周りが就活しだしても一切就活する気も起きず、帰省する度に親に就職どうすんのと聞かれては毎回、「どうにかなるよ、プロなるさ」と無責任な発言で何度も両親を苦しめたと思います。

 

これを見たスタッフ陣やサッカー関係者にどう思われるかはわかりませんが、正直ゴールやアシストよりも、自分のプレー1つで観客を沸かすことの方が大好きです。

ただ大学サッカーの中で、その考え方にちょっとした変化が生まれました。魅せれればいいという考え方から、いつの間にか、自分のプレー1つで会場を沸かせればチームも自然と活気づく、遊び心で魅せれるほどの自信と余裕が自分にあれば、自ずと結果もついてくると、そう感じるようになりました。結局は自分に自信がある選手が他との違いを生み出せるのかもしれないです。

ただそのせいで何回も迷惑をかけたし、吉井さんや周りの味方にも数え切れないくらい、「軽い」と怒られました。

けど、自分のプレースタイルを崩したことは一回もないです。そこには誰よりもサッカーを楽しんで、試合中は常に何か魅せれないかな、あの選手達やってた動きやボールタッチが俺にも出来んかなと頭の中で考えまくってたからです。

注目される試合や、大舞台になればなるほど、より楽しくなって魅せたり沸かせたくなる自分のスタイルは、後輩達にも良い方向に反面教師てきな形で刺激になってくれればなーとか思ったり、元は遊び・娯楽発祥のサッカーを楽しんで欲しいです。

上手く伝えれたかは分からないけれど、これで自分のサッカー観の話は終わり。

 

ここから先は、自分の大学サッカーを簡潔に振り返ってみます。

 

大学生

1年生時は、U20のカテゴリーで冬まで取り組んでいました。同期達が何人かTOPでプレーする中、TOPに関われずモヤモヤするばかりだったけれど、Iリーグ、新人戦でそれなりに出続け、良い感じに数字を残せたし、年間通して大学での試合を沢山経験できたいい一年になったと思います。そして冬のインカレ前にTOPにあがりました。その時の最上級生同士が、紅白戦中にみんなに聞こえるような声で言い合ってたり、怪我しても知らんわくらいの強度でバチバチで、U20とは明らかに違う雰囲気の中でやれてとても楽しかったし、自分のサッカー人生初めての全国大会であるインカレも経験させてもらえて、その中でサッカーさせて貰えたことはとても貴重だったなと熟熟感じます。

U20の週末はっちゃけ具合最高でした。忘れません。

 

2年生では前期始まって直ぐに腕の骨折をしたけれど、後期は結果をそれなりに残せました。でもそこには、自由にやらせてくれた先輩たちの存在が大きすぎました。どんだけ失っても何回もトライさせてくれて、圧倒的な迫力とオーラで一人一人が上手すぎるし、堂々とプレーするのを見て、それに負けじと食らいつくために自分のプレーに集中できたし、本当に良い方向にチームを引っ張る力が先輩たちは凄かったなと、、

 

3年生になり、上級生でもある自分は、自分のことだけでなくチームの事も引っ張って行かなければならない立場の中、DENSOでは何も残せなかったし、愛知選手権でも調子が乗らないまま。そして4月頭に腕のプレートを取る手術を行う決断をし、約3ヶ月離脱。大臣杯に繋がる7月の東海トーナメントで復帰しましたが、3位決定戦の試合中に2回目の全く同じ患部の再骨折。さすがにこの時は、楽観的な自分でも食らっちゃいましたね、ただそこで、辞める選択肢は一切なく、そこからどうにか耐え抜いてインカレで魅せたらめちゃくちゃかっこいいなとか思ったりして、どうにか復帰まで頑張れました。ただ結局、インカレでは何も残せなくてこの1年で何にも示せずモヤモヤしながら悔しさのまま終える事になります。

 

そして4年生、今年はケンイチとヒロシというチームの中心が2人も抜けて、残った自分たちが尚更引っ張らなければという中で、自分たちが中々チームをひっぱれずに、1年間通してずっとパッとしないまま終わってしまいました。そこには、自分たちの覚悟の無さ、自覚のなさ、責任感の無さが明確に現れてしまったなと。綺麗事かと思われてしまうかもやけど、大学サッカーの中でそこが1番後悔ですね。

今まで先輩たちが自分達に示してくれたもの、与えてくれたものを一切還元できなくて、何も残せなかった。そーゆー悔しさもあるんだなとサッカーを通して感じれるようになりました。何をどうしても自分次第だろとか最初は思ってたけど、その前に、上級生が引っ張ってくことで後輩たちが色んな方向で成長できる。そう思うようになった頃にはあまりにも遅すぎましたね。スタッフ陣の期待に応えれず、先輩たちの見せてくれたものを受け継げれずに申し訳ないです。そんなこんなで大臣も終わり、後期リーグの開幕戦。ほんと悪魔ですね。

ここでまた骨折。インカレも怪しいとなった瞬間、?だらけでしたね。

「最後の年で骨折って全国出れずに終了?また骨折か」と、運良くその怪我前に進路が決まったものの、いっつもこれからという時に離脱。4年間本当にチームに迷惑をかけまくってしまいました。不甲斐ないです。

これにて4年間の振り返りは終了

 

ここからはスタッフ陣・先輩・後輩、同期や家族へ。

 

スタッフ陣

吉井さん

1年の時から吉井さんのチームでずっと4年間活動できて、心の底から良かったなと思います。

ちゃんと選手に向き合ってくれて、マイペースな自分を手放さずに面倒見てくれて感謝しかないです。自分がサッカーでも人としても成長できたのは間違いなく吉井さんのお陰です。

怪我ばかりで迷惑かけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいですが、それでも、プロという形で少しでも恩返しできて良かったです。本当に1年の時から4年間お世話になりました。苦しい時は相談相手お願いします。4年間本当にありがとうございました!

 

トミさん

逆サイド側のライン際で練習中やのに力が抜けるようなこと言ってくれたりして、自分がリラックス出来るきっかけでもあり、時には喝を喝を入れてくれてマインドコントロールが上手くいくきっかけでした。4年間ありがとうございました!

 

トータルテンボスの大村さん、いやテツさん

ジョグしてる時にすれ違う度にちょっかいかけてきたり、サラッと自分に対して前向きな事とかを言ってくれて実は結構助かってました。

でも2年の頭くらいからはほぼ舐めてたな。けどそれくらい選手と距離感が近くて、いじりに対しても嬉しそうな顔をするテツさんは一生忘れないです。これからはトキトがいじってくれると思うので可愛がって上げてください!

中京大学という括りだけで言えば同期やし、4年間ありがと!

 

トレーナー・マネージャー

怪我の多かった自分は、ゴッドハンドの加藤さん、偉大な先輩達トレーナー、ユキト、そして須藤にとても救われました。リハビリでは言うこと聞かん方が多かったし、自分がずっとボール触ってたいからって素走りだけのメニューはなるべく避けてくれてほんとに感謝してます。そのお陰でリハビリ期間中もボールタッチ磨けました。迷惑しかかけなかったし、基本ずっとふざけてたかもしれないけど、リハビリが退屈じゃなかったのもトレーナー陣のおかげです。ありがとうございました!

そしてナユミ。選手の為にずっとグランド走って用意してたり、自分ボトルは毎回キンキンに準備してくれたり、韓ドラ教えてくれたり、ピッチ外でもよく働いてよく笑わせてくれて、まじで感謝してるよ。ありがとう!もう号泣しないようにな

 

同期

最高でした。これに尽きます。みんな大好きです。

まじで家族みたいな関係で、離れるのめちゃくちゃ寂しいです。U20からずっと一緒にやってきた組は、本当にずっと一緒にサッカーしてて、プライベートでも一緒にいることが多かったし、中でもカズマはTOP上がるタイミングも一緒で、ほぼニコイチみたいやったし、2年の途中?とか、なんかTOPからいなくなったりしてたけど、一緒にサッカーしてる時間、遊んでる時間、全部最高やった。

みんなありがとう!それぞれの道で人間磨いてまた会いましょう。

なすけんとひろし、負けません。

定型文やけど、まじで定期的に集まってどんちゃん騒ぎしましょう

ゆきともゆーとくんももちろん参加で!

もちろんU20の時のみんなも忘れてないよ。みんなのおかげで大学生活がばり充実した濃いものになりました。ありがと!

 

先輩

プライベートで関わることはあまり無かったですが、オンオフがしっかりしていてピッチに立てば目の色を変えて厳しく要求する姿は、自分が最上級生になった時にどれだけ凄かったのか思い知らされました。常に引っ張ってくれて、自分が気負うことなくプレーできたのは本当に先輩達のお陰だったんだなと改めて感じます。

ありがとうございました!

 

後輩

何を伝えるか迷ったけど、常に自分にベクトルを向けること。自分を信じて周りの目を気にせず自分のスタイルを貫くこと。遊び心もってサッカーを思いっきり楽しむこと。ですかね。

あと、商売道具である身体を、足を本当に大切にしてケガだけはしないで下さい。たった一つの怪我で人生変わっちゃいます。

そして特にリハビリで一緒の時間が長かった、トキトとジャンボとユメト。

トキトは俺より何倍もしんどかったと思う。一緒にボール蹴る時間はめちゃくちゃ楽しかったし、トキトのお陰でしんどいリハビリ期間が充実したな。1年くらいサッカー本気で出来てなくて焦りもあるかもしれないけど、肩の力抜いて楽しむ心忘れず、無理せず自分のペースで今シーズン楽しんで!自分にこんな懐いてくれる後輩が居るとは思わなかったし、そのお陰で楽しかったよ!応援してます。

ジャンボは、ほんまもっと自分に自信もって、自分なら大丈夫と言い聞かせて、サッカーをもっと楽しんでください。昨シーズンは悔しすぎたと思うけど、3年の時の俺も同じだったから、絶対大丈夫。簡単そうに見えて意外と1番難しい事だけど自分のプレー出せてれば何とかなるよ!じゃんぼ落ち着けリラックス

ユメトは復帰しては怪我でメンタルえぐられたと思うけど、その経験がより強い身体を作るきっかけになると思うし、羨ましいくらい能力オバケやから安心して、ほんまに怪我だけ気付けて!

 

最後に家族

直接は伝えれないので文面で勘弁して下さい。

 

自分がサッカーを始めたきっかけは、父であり兄です。いつしかサッカーしか頭にないガキになっていて、常に兄の背中だけを見てサッカーしてました。サッカーの話になれば、父ははっきり「兄の方がセンスがある」と。それが悔しくて絶対負けたくないと思ってるうちに、いつの間にかプロを目指し、今日までそしてこれからもサッカーに一筋になったし、そういう人生辿れてよかったと心から思います。

そして兄は本当に自分にないもの持っててずっと羨ましかったです。サッカーを始めるきっかけで、今でもまだ越えれてないと思うから、サッカーはもうしてないけど、まだまだ背中追っかけます。定期的に怪我すんなよとか連絡くれてその通りには出来んかったけど、これからは気をつけます。ありがとう。

姉はわざわざ神社行って健康祈願してくれたり、色んな面で迷惑かけたけどまじでありがとう。小4でPK外したあとからずっと「やーはメンタル弱いからな」とか言われてウザかったけど、それもいい思い出です。

良き兄姉に恵まれました。ありがとう、これからもよろ

 

最後に両親

まー言葉では表せないし、足りないっすね。頭あがりません。生まれてずっと反抗期て言われるくらいの自分のことを、何不自由なくサッカーできる環境にずっと身を置かせてくれて、オカーはわざわざ大阪まで着いてきてくれたり、どこにでも試合見に来たり、試合の度に何かしら一言くれたり、オトーに関しては、小さい時はグランド横からずっと指摘されてムカつきまくってたけどそのお陰で結局自分の今に繋がってるなと思うと、親ってやっぱ凄いです。これからは数えきれないほど与えてくれたものを返していくつもりなので、期待しといて。どっちからも勉強は教えてもらったことないけど、人としてのあるべき姿を幾度となく教えて貰えました。2人の子供でよかったです!

帰省した時は酒飲んで思い出話でもしましょう。

とりあえず学生の区切りってことで、22年間支えてくれて、5歳の時から今までずっとサッカー中心の生活をさせてくれて心から感謝してます。にふぇーでーびる!まだまだサッカー人生辿ってく自分の活躍見る為に長生きしよな。なちぶさーのおとーは号泣してるんだろうな。

2人仲良く幸せ永遠にあれ

 

以上で終わります。

まとめきれんくてめちゃくちゃ長くなったけど、ここまで読んでくださり有難うございました。

 

中京大学4年間ありがとうございました。

これからも応援してます、そして応援よろです!!

 

最後に好きな言葉で締めます

Jah rasta fari