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Page32 「清掃員」菅原裕晃

ココロノオト~seazon4~


こんにちは。U22Bの菅原裕晃です。


昨年の9月に16年間続けてきたサッカーを引退しました。

題名にもあるように、この4年間は、サッカーしている時間より、落ち葉の収集、ゴールネットの補修、排水溝掃除など、清掃員としての時間の方が長かったように感じます。

実際には数ヶ月程度しか清掃員としては働いていませんが、それぐらい、働いていた期間はしんどかったです。

何度も「辞めよう」と思いましたが、僕は最後までサッカーを続けてよかったと思っています。

いま、サッカーが面白くない、辞めたい、そう思っている人はいると思います。少しでもその人たちのためになれればと思い、「ココロノオト」を書きました。

この4年間を振り返ると、落ち込んでばかりでほんとに情けない4年間だったなと感じました。

たいしたことは書けていませんが、ChatGPTを使わず、全て自分の言葉で書きました。

ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。



僕の大学サッカーは2022年3月21日から始まりました。


最初はU20に参加し、でもすぐにU22Aに落ち、そしてU22Bと落ちました。

同期の観音の2人はU22Aで、僕だけU22B。すごく落ち込むとともに、親への申し訳なさがすごくありました。わざわざ広島から一人暮らしもさせてくれているのに。。。

そう落ち込んでいる自分に、「すが、まじで頑張ろうぜ」と声をかけてくれた人がいました。その日に一緒に落ちた高橋でした。え、語尾が「ぜ」のタイプ?と気になりましたが、この言葉を聞き、落ち込んでいる暇はない、頑張ろうと思えました。声をかけてくれてありがとう。


こうして、僕の大学サッカーが本格的にスタートしました。

Iリーグが始まり、自分はありがたいことに開幕戦からスタメンで、ほとんどの試合に出させてもらいました。

しかし、当初このカテゴリーには監督がおらず、4年生の方が選手兼監督をしていて、モチベーションを維持することがすごく難しかったです。

ですが、友達とご飯に行ったり、温泉に行ったり、そしてフルーツポンチを作ったり、すごく楽しかったです。充実していました。


そして、2022年のIリーグが終了し、10月ぐらいからCFCの練習に参加し始め、そのまま2023年シーズンはCFCで活動することになりました。

親に報告をするとすごく喜んでくれました。

まだ、中京の3軍なのになと思いながらも、喜んでくれたことがすごく嬉しかったです。頑張ってよかったと思いました。

よし。このまま頑張っていこうと思っていましたが、この時の僕はまだ知りませんでした。この1年が地獄の1年になることを。。

CFCにはU22Bと違って監督がいました。

僕は、戦術、技術の面でたくさん怒られました。サッカーは下手で、頭も使えない。怒られて当然だったと思います。

でも、時折それは理不尽じゃないかと思うこともありました。

メンタルが弱すぎたのか、怒られていくうちに、なんだか疲れやすい身体になって、ちょっと動くだけで息が上がるようになってしまいました。走力が武器であったのにだんだん走れなくなっていき、ただのサッカー下手なチビデブになってしまいました。

毎回練習に行っては怒られを繰り返しており、あー、もうサッカーが楽しくない。やる気が出ない。グランドに行きたくない。やめたい。そう思っていました。

この時期の自分は、ほんとにモチベーションがなく、練習には10分前とかに行き、練習中もボールを奪われても取り返しに行かない。落ち込んでばかり。投げやりになってしまっていました。

いま振り返ると、そりゃあ怒られるわと思います。

チームメイトからしたら、下手な上にそんな態度の人、ほんとにウザかったと思うし、ほんとに最低なことをしていたと思います。すみません。

その後もモチベーションをあげていくことができず、遅刻を繰り返し、無期限サポート。清掃員生活が始まりました。

朝6時からフィットに並び7時にラックを取ってはグランドに戻り、2時間掃除。そして、夜は練習の1時間前から来て掃除、練習中はボール拾い。そして、練習が終わって1時間掃除。

話すのも笑うのも禁止。

ゴールネットの補修やボール磨き、落ち葉拾い、そしてドブの清掃。

大学まで来て何やってるんだろうとずっと思っていました。

結局1ヶ月ほどで復帰することができましたが、また練習に行っては怒られの生活に戻っただけでした。

その時期は、笑うこともしんどくて、歯がじゃりじゃりに砕ける夢や、遅刻する夢、怒られる夢などの悪夢を頻繁に見るようになり、寝られなくなりました。

そして、ある日、“ある人”に怒られながら、グランドに倒れ込み、血を吐きながら歯がボロボロに抜け落ちる夢を見ました。それでトドメを刺され、それから2週間ほど練習を休みました。

ほんとに自分はメンタルが弱すぎました。

親がたくさんのお金をかけてきてくれたのに、辞めるわけにはいかない。そういう思いがすごく強かったです。

真っ暗な部屋でぼーっとする生活を送っていました。

いま振り返ると何してんだって思います。

そんな僕を同期や先輩方が支えてくれました。

昼ごはんに誘ってくれたり、温泉に誘ってくれたり、スーパーに行くのすら誘ってくれたり。とにかく部屋から出そうとしてくれました。ほんとにありがとう。

気持ちを整理して、心を安定させるために考えた解決策が、話を聞き流すことでした。

絶対に良くないって分かってるけど、そうすることで心が安定し普通にプレーすることができました。

そして、そのまま2023年シーズンが終わりました。


まぁ来年はU22AかU22Bに落ちるだろうなと思っていたら、3年目もまさかのCFC。監督は同じ。え。

またCFCのメンバーとサッカーができるのはとても嬉しかったけど複雑な気持ちでした。

聞いた話によると、ターゲットとしていた人が卒業したから、次はスガをターゲットにする、とか。聞いた話なのでほんとかは知りませんが。

臨むところだ。今年はやったる。負けないぞ。

そう思っていましたが、撃沈。

しかし、同期とも2年目ということもあって仲良くなり、練習後にご飯に行ったり、飲みに行ったり、辛さを吹っ飛ばすぐらいプライベートが充実していて、ほんとに楽しかった。ありがとう。

そのまま2024年シーズンが終わるかと思われましたが、リーグ終了後のカテゴリー分けの際にLINE流出事件発生。。。

友達と冗談交じりでLINEしてたら、それをなぜか見られていた!?しかもその人が打っていた!? 

週明け練習に行くと後輩が、

「スガくん〇〇〇くんが呼んでいます。」


「、、、。」


その日からまた清掃員に戻りました。

まぁこれはほんと自業自得です。

こうして2024年シーズンは終了しました。

4年生でサッカーをするかどうかギリギリまで悩んでいましたが、結局やることにしました。


年明けにカテゴリー発表があり、最後はU22Bでした。

最後の年は就活で6月中旬まで、ほぼ部活に参加していませんでしたが、ほんとに楽しかったです。

御殿場遠征も楽しすぎました。

遠征というと、CFC時の地獄すぎた和歌山合宿や、熱中症になった石川遠征の嫌な思い出しかなかったけど、それを吹っ飛ばすぐらい楽しかったです。

徐々に試合に出られるようになっていき、最後の方はスタメンで出られるようになりました。

引退試合も、みんなから応援してもらって、点も取れて、最高でした。ありがとうございました。


こんな感じで16年間続けてきたサッカーを引退しました。

ほんとに濃い16年間でした。

悔いはありますが、本当に大学までサッカーを続けてよかったと思います。そのおかげで、素晴らしい仲間たちに出会うことができました。

引退後も、ご飯、飲み、ゴルフ、ドライブとかに誘ってくれてありがとう。

一旦地元に帰りますが、またみんなで集まって飲みに行きましょう。



指導者の方へ

4年間ご指導いただきありがとうございました。

グランドで会った際には「スガちゃん」、「ガースー」などと声をかけてくださってとても嬉しかったです。

これからも中京大学サッカー部を応援しています。


最後に両親へ

これまで何不自由なく、サッカーをさせてくれてありがとう。

仕事で疲れてるはずなのに、小学生の頃からほとんどの試合を見に来てくれてありがとう。

自分にはたくさんお金をかけてくれたよね。

一人暮らししてまで、大学サッカーさせてくれたのに、期待に添えない結果でごめんなさい。

サッカーでは親孝行できなかったけど、これからの人生で少しずつ親孝行していきたいと思っています。

ずっと元気でいてね。

ほんとにありがとう。



最後まで見ていただきありがとうございました。

清掃員こと菅原裕晃の『ココロノオト』でした。